大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和49年(オ)527号 判決 1975年10月24日

上告人

岩崎く

右訴訟代理人

海地清幸

外一名

被上告人

右代表者法務大臣

稲葉修

右指定代理人

貞家克己

外六名

被上告人

水谷政太郎

外四名

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人海地清幸、同小倉正昭の上告理由第二点及び第三点について

相続人不存在の場合において、民法九五八条の三により特別縁故者に分与されなかつた残余相続財産が国庫に帰属する時期は、特別縁故者から財産分与の申立がないまま同条二項所定の期間が経過した時又は分与の申立がされその却下ないし一部分与の審判が確定した時ではなく、その後相続財産管理人において残余相続財産を国庫に引き継いだ時であり、したがつて、残余相続財産の全部の引継が完了するまでは、相続財産法人は消滅することなく、相続財産管理人の代理権もまた、引継未了の相続財産についてはなお存続するものと解するのが相当である。民法九五九条は、法人清算の場合の同法七二条三項と同じく、残余相続財産の最終帰属者を国庫とすること即ち残余相続財産の最終帰属主体に関する規定であつて、その帰属の時期を定めたものではない。

これを本件についてみるに、原審の適法に確定した事実によれば、残余相続財産たる本件各建物の所有権及びその敷地たる本件土地の賃借権が相続財産管理人本郷千代子により国庫に引き継がれたのは、昭和四六年一月一日であり、上告人は、右日時に先立つ昭和四五年六月一五日到達の書面をもつて、同人に対し、本件土地の延滞賃料の催告及びそれが期限までに支払われないことを条件とする本件土地の賃貸借契約解除の意思表示をしたことが明らかであるから、本郷千代子は、右催告及び条件付解除の意思表示を受領する権限を有していたものといわなければならない。しかるに、原審は、残余相続財産たる本件各建物の所有権及び本件土地の賃借権は特別縁故者に対する財産分与審判確定時に国庫に帰属し、それと同時に本郷千代子の残余相続財産に関する相続財産管理人としての代理権も消滅したから、同人には上告人の本件土地の延滞賃料の催告及び賃貸借契約解除の意思表示を受領する権限がなかつたとの理由のみに基づき、右賃料延滞の有無、更には被上告人らの主張する信頼関係を破壊するに足りない特段の事情の有無を確定することなく、右解除の意思表示の効力を否定しているのであつて、原判決には、この点において民法九五九条についての法令の解釈適用を誤り、ひいては審理不尽に陥つた違法があるといわなければならず、右違法が原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。それゆえ、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れず、更に以上の点について審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すのが相当である。

よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(吉田豊 岡原昌男 大塚喜一郎 本林譲)

上告代理人海地清幸、同小倉正昭の上告理由

第一点 <省略>

第二点 法令違背(法律適用の誤)

相続財産管理人の権限消滅時期につき、管理人が残余財産を国に引継いだ時(昭和四六年一月一日)に国庫に帰属し権限も消滅すると解すべきであるのに、原判決はこれを誤り分与審判確定時(昭和四四年七月十三日)に国庫に帰属し、且つ権限も消滅するとして管理人に対する本件地代の催告(昭和四五年六月一五日到達)解除は無効であるとなしたもので、法令の適用を誤つた違法がある。

一、相続財産が国庫に帰属する時期は、分与審判確定時ではなく財産が管理人から国庫に引継(引渡)が行われた時であり、相続財産管理人の権限は右引継を完了して始めてその任務を完了し終了消滅するものである。

本件では、特別縁故者本郷昌宏(千代子の前管理人)に対する分与審判が確定したのは昭和四四年七月十三日であり、国(関東財務局長―新宿出張所長)が管理人から財産を引継いだのは昭和四六年一月一日付であり、この旨を同月十三日付(同月一四日頃到達)書面で上告人に通知して来たのである。

そこで、相続財産管理人の権限のあらゆる場合を検討することとする。

(一) 相続人が出現し、且つ相続の承認をしたとき消滅する(民法第九五六条)。

右権限(代理権)の消滅についても一定の手続を要する。それは、出現した相続人が自ら管理するようになつたときに本人又は利害関係人の申立によつて家庭裁判所が管理人選任の審判を取消すのであり(家事審判規則一一八条、三七条)この取消によつて、相続財産管理の権限が消滅するのである。

右の場合、管理人は民法第九五六条第二項の計算義務を負うが、管理人は相続人たる他人の財産を管理する者として管理終了後に当該財産につき生じた一切の収支を計算し、相続人に報告する義務を負うのである。

(二) 出現した相続人が相続を放棄したため、相続財産が国庫に帰属するに至るとき又は民法第九五八条の期間内に相続人が出現しないので及び同法第九五八条の三の処分後(本件の場合)残余財産が国庫に帰属するに至るときは相続財産管理人は国庫に対して管理の計算義務を負うとされている(民法第九五九条)。

相続財産の国庫帰属について規定した民法第九五九条は同九五六条第二項を準用して、右のとおり管理計算義務を規定しているが、同条第一項の代理権の消滅の規定は準用していないのである。

これは当然代理権が消滅しない(審判確定と同時には消滅しない)からである。

(1) 国庫に帰属すべき残余財産のないとき、

清算終了と共に相続財産管理人の代理権は消滅するからこの場合には、管理人は家庭裁判所に対し遅滞なく管理計算義務を負うものと解される。

(2) 残余財産があるとき、

民法第九五八条による捜索期間満了時における相続財産は、積極消極両財産を包括した財産として存在するが、その後法律上国庫に帰属するのは、この包括財産の総体ではなく、将来清算が結了して現実に確定する具体的な残余財産である。

従つて、捜索期間満了後残余財産確定に至るまでの清算中及び現実に国庫に引渡しを要するものについては、その引渡し完了するまでの間法人(民法第九五一条)は存続するものといわなければならない(谷口=加納=沢井綸、大阪家庭裁判所家事部決議録一八二参照)。

そして国庫帰属財産については管理人から国庫へ引渡手続が行われるのである(最高裁判所家庭局長宛昭和二五年三月十日大蔵省管財局長、同主計局長回答参照)。

尚、国庫帰属の不動産については、国有財産法第二条第一項第一号で大蔵省所管の普通財産となるのであり、相続財産管理人から所轄財務局長に引継ぐのである。

右引継ぎ完了してから始めて国(財務局)は国の財産として扱うのであり、具体的な国庫帰属の相続財産の内容を知るのである。又、帰属財産に附帯する債務たる具体的な地代を知り支払うことになるのである。

即ち、分与審判確定時(本件では昭和四四年七月十三日)には、観念的抽象的なものに過ぎず、国(財務局長)は、その事実を知らないのである。

相続財産管理人から具体的に引継(引渡)を受けて、その財産の内容を知るのであり、これを普通財産に組入れて始めて地代支払いの財源が捻出されることになり具体的に債務化(義務化)されるものである。それ以前は財務局長は相続財産の具体的な内容を知ることは出来ないから地代を支払う方法がないのである。

管理人は国庫への引渡しが完了すれば、管理終了報告書を作成して家庭裁判所へ提出するのであり、右報告書の提出を以て同裁判所は管理人の任務終了となすのである(本件では昭和四六年三月三日報告書提出)。

二、残余財産のある本件において、財産管理人の代理権の消滅をいつとみるか、次の場合が考えられる。

(1) 分与審判確定時たる昭和四四年七月十三日とするもの、

(原判決、この日は地主たる上告人は知らない、国の財務局長も知らない、地代支払いの財源はなく支払うことも出来ない)

(2) 関東財務局長より上告人宛通知書で(甲第五証)引継いだ日時の記載のある昭和四六年一月一日とするもの、(上告人主張、同日付を以て引渡しがなされ、国の普通財産となり地代支払いも財源化される、この旨上告人も知る)

(3) 右通知書の到達日たる昭和四六年一月一四日とするもの、

(4) 家庭裁判所へ任務終了の報告書を提出した昭和四六年三月三日とするもの、

等種々あるが、上告人は、前述の内容的な点からみて管財人が国(財務局長)へ財産の引継ぎ(引渡)をした日である(2)の昭和四六年一月一日付を以て相続財産が国庫に帰属するものであり同日を以て管理人の代理権も消滅すると解するのである。

原判決は相続財産の帰属時期ひいては管理人の代理権の消滅時期に関する解釈を誤り、上告人の管理人本郷千代子に対する滞納地代の催告、解除(昭和四五年六月十五日到達、甲第四号証ノ一、二)を無効としたもので判決に影響を及ぼすこと明らかな違法がある。

第三点 法令違背(法律適用の誤)

相続財産管理人の清算事務は、国(財務局長)へ財産を引継いだ昭和四六年一月一日の時点迄存続し、その時点を以て報告終了するものであるのに、原判決はこれを誤り分与審判確定時であるとし、確定時たる昭和四四年七月分迄の地代は上告人に支払済であるから清算事務はすべて終了しているとして、管理人に対する本件地代の催告解除を無効となしたもので、法令の適用を誤つた違法がある。

一、右第一点の主張を一歩譲り分与審判確定時たる昭和四四年七月十三日に相続財産たる法人は消滅して、即時国庫に帰属するとしても相続財産管理人は、右同日より財産引継ぎの昭和四六年一月一日迄国の財産管理人として従前通りの地代理権を有するものである。

若し、従前通りの権限ではないとしても民法第二八条と同様の権限(不在者の財産管理人と同様の権限)を有するものである。

本件における管理人の事務内容には、引継ぎ日迄の被上告人水谷等四名からの毎月家賃の催告受領(昭和四四年七月分より昭和四五年十二月分迄)、本件地代の支払(右期間)その他右建物(借地)の管理等の保存行為である。

蓋し、前述の通り国(財務部長)は、財産の引継ぎを受けて始めて財産の具体的な内容を知り、普通財産として管理をなしうるのであり、それ迄はその財産を知らず管理ができないからである。

(財政法上も引継ぎ前に地代を支払う財源がないのである。即ち、普通財産になつていないものに地代支払いの財源を出す方法がないのである。さればこそ、国は引継ぎを受けた昭和四六年一月一日以降の地代は供託しているが、それ以前の未払地代は供託していない。勿論管理人本郷千代子も供託していないのである。甲第八号証参照)

二、又、管理人の権限について上告人主張の如く解することは、分与審判確定時たる昭和四四年七月十三日から国が財産を引継いだ昭和四六年一月一日迄の空白期間における利害関係を有する善意の第三者に不当な不利益を与えないことになり、他方国にも従前より不当な不利益を与えることにはならず、信義則にも合致するものである。

即ち管理人には何等の権限がないとすると、地主たる上告人は右期間(一年五ケ月間)地代値上げの交渉はもとより地代の支払いをも受け得なくなるのであり、不当な不利益を受けることになるからである。

原判決は或は審判確定直後から国(財務局長)から地代を受領し、又値上げ交渉をもすれば良いというのであろうか。然し乍ら、上告人は審判確定の事実を知らないのであり、若し何かの都合によつて後日知つたとしても、国(財務局長)は引継ぎをしていないので審判確定の事実を知らない筈であり、又知るに至つても引継ぎ迄具体的な財産の内容を知らないし、その上地代支払いの法的財源もないのであるから、上告人としては地代の請求権を不当に制限される結果となるのである。

本件においても管理人は財産引継ぎ迄、即ち昭和四五年十二月分迄の全家賃を取立てているから、家賃については、右引継ぎの時点を以て国と清算したものである。

次に解除後に滞納地代を上告人に送金し返金されたが、被上告人国において供託の事実がないのに昭和四五年十二月分迄の地代を管理人が供託している旨の主張をしているところをみると(昭和四八年一月一八日付準備書面第三の四参照、尚これに対する上告人の昭和四八年二月一八日準備書面第一項(二)の否認参照)、管理人は国との清算で地代も昭和四六年一月一日現在で清算したものと推認されるのである。

これは清算事務が引継ぎ時点の昭和四六年一月一日現在を以て清算終了すべきものであるから国との間で当然の事務処理をしたものである(尚、若し同年一月一〇日の時点で取立不能の家賃があれば、それを未収として、未払地代があれば未払いとして清算すれば良いのである)。

管理人が地代の支払いをなすことは保存行為であり、これに伴い受働的な地位に過ぎない滞納地代の催告、解除を受ける地位(権限)を当然有するものである(最高裁判所昭和四六年(オ)第四七四号昭和四七年九月一日第二小法廷判決判例時報六八三号九二頁、同裁判所昭和四六年(オ)第七七三号同年七月六日第一小法廷判決判例時報六八三号九三頁、大阪高等裁判所昭和四四年(ネ)第一〇一二号、一〇二七号昭和四六年五月一八日判決判例時報六七六号二九頁各参照)。

以上の如く、原判決は分与審判確定後、国庫引継迄の間における相続財産管理人の清算事務の内容や権限の解釈を誤つたもので、それは判決に影響を及ぶこと明らかな違法がある。

第四点 法令違背(法律適用の誤)

原判決は、上告人が予備的に主張した民法第一一二条による表見代理について成立する余地がないとして排斥したが、これは右法律の解釈を誤つた違法のものである。

一、相続財産管理人本郷千代子は本郷昌宏に代わり昭和四四年四月一四日家庭裁判所から選任されたものであり、昭和四四年四月分、同五月分の地代(一ケ月金六、〇九〇円)を各月末上告人に支払つた、そして同年五月末には上告人と交渉の上、六月分から一ケ月地代金七、〇〇〇円と改定し、六月分と七月分の地代を各月末支払つたのである。

右七月分の地代は分与審判確定後に支払つているのである。

上告人は右本郷千代子の権限が分与審判確定の昭和四四年七月十三日消滅したことは知らなかつたのである。

それを知つたのは前述のとおり昭和四六年一月一日付で関東財務局長より財産引継ぎの通知を受けた時である(同年一月一四日頃)。

二、原判決は、分与審判確定と同時に国庫に帰属し権利主体たる相続財産法人は消滅するから表見代理の成立する余地はないという。

然し乍ら、右解釈は取引の安全を保護する法(表見代理)の解釈を誤つたものである。

そもそも相続財産を法人としたこと、これが国庫帰属と共に消滅することとしたことは無主物をなくするための全く法技術的擬制的なものに過ぎないのである。相続財産法人消滅、国庫帰属は相続財産としては実体的には変化はなく同一性を有するものである。又管理人の事務も相続財産そのものに限られているのである。

従つて実質的には相続財産法人という権利主体が国という権利主体に吸収(合併と同様)されたと同様である。

表見代理の立法趣旨からも又相続財産に関する権利主体の同一性の点からも相続財産管理人の行為につき権利主体となつた国(本人)との間に民法第一一二条の表見代理が成立するものと解すべきである。

ましてや、相続財産管理人は家庭裁判所から選任されるもので代理権消滅の事実を知る迄は利害関係ある第三者はその権限を特に信用しているものである。

従つて、管理人本郷千代子に代理権ありと信じてなした本件地代の催告解除は有効である。

原判決は、表見代理(民法第一一二条)の解釈を誤つたものでそれは判決に影響を及ぶこと明らかな違法がある。

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